水晶玉の表に映るのはこげ茶色の毛皮に覆われた獣の面。
サングラスで隠してはいるが、そこに嵌る瞳が光彩を持つ獣のモノであることを彼は知っている。
本来あるべき自分の姿からはかけ離れたこの呪わしいカタチ。
それは彼が操られていたとはいえ、今ある仲間たちと敵対し、あまつさえ倒そうとしていた過去を思い出させる。
そう、守るべきものと刃を交えたあの瞬間を。
相手の命を奪ってしまっていたかもしれない、その罪深い刻を。
思い出して、ぞっとする。
こんなカタチなど、
こんな存在など、
カケラも残さず消滅させてしまいたい。
そう願うほどの憎しみを抱かずにはいられない。
「シンクロ?」
大人の女性らしい艶やかさを混ぜた声が気遣うように名を呼ぶ。
目を上げると、水晶玉を挟んだ向かいに座っていたアンティの瞳とぶつかった。
彼女の深い翠の瞳は知的さを備えている以上に、未来を見通す力を秘めているためか不思議な透明感がある。
それは時に頼りになるものであり、時に自分の中のすべてが見透かされるようで妙なうしろめたさを感じさせるものでもあった。
「あ、ああ、なんでもない」
で、どうだ?
気を取り直すようにして問う。
今日、彼がこのアンティの恋占いネットにやってきたのは自分が元の姿に戻る手がかりを彼女の未来予測で得られないかと思ったからだった。
以前バグルスの元凶を探ったときは結局、『太陽のようなモノ』というあいまいな答えしか得ることはできなかった。そんなバグルスと関連してのことだから無理だろうとは思いつつも、もしかしたら、と。
そして、およそ覚悟していたとおりアンティは心苦しそうに首を振った。
「そうか」
努めて平静を装ったつもりでも声に落胆の色が滲むのが聞こえ、彼は眉間にしわを寄せた。
わかっていたことではないか。
自分たちコレクターを造りだした博士ですらどうにもできなかったほど、困難な問題なのだ。
それにしても、期待してはいけないと繰り返しながらも、やはり少しは期待とやらを抱いていたらしい。
いまさらのようにがっくりしてしまう自分がおかしくて彼は苦笑した。
「そんなにがっかりしないで、シンクロ」
しなやかな手が腕につけたプロテクターの上に置かれる。
「私の予測ではあなたが元に戻るための手がかりを知ることはできなかったけれど、それは元に戻れないということではないわ。そう、あなたは確かに元に戻ることができるのだから」
「そうだといいが……」
アンティの言葉を気休めと取った応えに、彼女は微笑みを口元から消し、真剣な目で彼を見た。
「いいえ、シンクロ、これは気休めじゃないわ。だって私にはあなたが元の姿に戻った未来を感じることができる」
慎重に言葉を選ぶように言い、紅い唇をキリリと噛む。
「ただ……そこにたどり着くまでの『路』は複雑に絡み合っているのか、まるで墨を流し込まれた水のように不透明で私の力でも見通すことができないの」
ごめんなさい。
本当に申し訳なさそうにうなだれるアンティに彼は慌てる。
「いや、アンティが悪いんじゃない。それにこの姿もけっこう馴染みがあってそう悪くないしな」
いいんだ、いいんだ。気にしないでくれ。
あらかじめ用意しておいたセリフを口にしながら、しんみりした空気を追い払うように豪快に笑ってみせる。
するとアンティは困ったように小さく笑って、
「相手を気遣うあなたのそういうところ、好きだけど………やせ我慢はほどほどにね」
「やせ我慢など…」
「頑固だけど、直情的なところがあなたの取り柄でもあるんですからね」
無理は禁物よ。
「取り柄って…………それって褒めてるのか?」
頑固というのもなんだが、直情的イコール短絡的などと連想してしまっては逆にけなされている気がしないでもない。
「あら、褒めてるのよ」
当然でしょ、とばかりに胸を張ってアンティ。
「……………そういうことにしといてやるさ」
ふっと口元を緩め、彼は応える。
別に何がどうと進展したわけではないが、ほんの少し沈んでいた気持ちが軽くなったような気がした。
それは多分にアンティらしい慰めのおかげだろう。
わずかな時間の、ささやかな言葉のやりとりではあるけれど。
彼女がこうした効果を自分に与えることができるのは未来予測の能力のおかげだろうか?
もっとも効果的な言葉の配列をわざわざ予測し、作り上げたから?
意図的で、策略的ですらあるだろうか?
それはそうかもしれないし、そうでないとも言えるかもしれない。
同じくコレクターとして、特異な能力を持つ身で彼はそう感じる。
自分たちは造られたコンピュータープログラムゆえに『能力』は人格や性格と同等の位置に存在する。
その能力が人格やそして、行動などにいくぶん反映するのは必然。
たとえ本人が意図せずとも、息をするかのようにごく自然になされる行為。
先回りが上手いのはアンティの能力であり、また彼女らしい優しさによる配慮ともいえる。
『だから、オレも…』
自分もまた同じなのだ、と
彼は思い、目を閉じた。
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