| 眠り続ける綺麗な横顔。 今では見慣れたそれを彼はじっと見つめていた。 そして、ベッドで眠る恋人の髪を掻き上げるようにして触れてみる。 いつもなら。 それだけで人の気配に敏感な恋人は目を覚ます。 しかし、目覚めるどころかぴくりとも反応しない相手の様子に彼は深い深い吐息をついた。 「バレリア…」 彼女は疲れ果てて眠っているだけなのだと。 自分自身に何度もそう言い聞かせてみても、心配の雲はいっこうに晴れなかった。 そんな目障りな雲を吹き飛ばす方法は唯一にして単純。 目の前の恋人が目を覚まし、自分の姿をその瞳に映してくれればいいのだ。 「早く目ぇ覚ませよ…」 待つ時間はひどく長すぎて、たまりにたまった不安が苛立ちを呼ぶ。 『ちくしょうっ!あの呪いの人形さえなけりゃ、こんなコトにはならなかったんだ』 いや、そもそもあそこでカスミと出くわさなければ。 いや、いっそのこと外で剣の練習なんてしなければよかったんだっ。 彼にしてはらしくない後悔が次から次へとわいてくる。 しかし、彼はその途中で渋面になりながら、 「ちがうか」 ぽつりと呟く。 『一番の問題はコイツの無鉄砲な性格だ』 無鉄砲は自分の十八番のはずだったのに、いつの間にこうなってしまったのか。 『あーあ、なんでこんな女を好きになっちまったんだか』 思わずそうひとりごち、彼は手のひらで顔を覆った。 惚れたトコロなど深く考えるまでもない。それはちょっと思いめぐらせるだけで数えきれないほどあったし、彼女の欠点などふだんはほとんど気にならない…というか、欠点すら美点に加えてしまいがちだった。 そんな自分自身にさすがに恥ずかしさを覚える。 『だがよ、こんなイイ女、ほかにいるか?』 自問して、瞬時に首を振る。 その視界の端に包帯を巻いた細い手首がかすめた。 痛々しくさえ見える手首の腫れはなにも上から落ちてきた少女を受け止めたため、だけではない。 不自然な具合に力を加えて剣を振るったせいだった。 彼女がそんなコトをした理由は。 彼女が怒って呪いの人形を睨み据えた理由は。 それは自惚れなどではなく、確かにアレしかなくて。 『すっげえ、かわいい』 思わずにやけそうになる口元を押さえ、彼は咳払いする。 『いかん、いかんっ』 まずは心配第一だっ。 そう念じつつ、彼は自然と緩む頬の筋肉と闘い続けた。 * 体がまったく動かなくて、周囲の目には眠っているように見えながらも意識がはっきりしているというのはかなり厄介なコトかもしれない。 清潔なシーツの感触を肌で感じながら彼女はそんなことを思った。 つまり、重い疲労感に倒れてから自室のベッドに運ばれるまで、彼女は自分の周りの様子をとらえることができていたのだ。 そのことで良かった点もある。 自分が力まかせに振った剣は、本当に制御しきれなくておかしな軌跡を辿った。 直感と触感、その後の雰囲気から大丈夫だったと刹那的に判断したものの、誰かに怪我をさせたのではないかと心配だったのだ。 とにかく目の前の人形に神経を集中させるだけで精一杯で、周囲の状況確認をする余裕もなければ、そばでかわされたはずの会話も理解できてはいなかった。 しかし、どうやら誰も怪我などしないですんだらしい。 それにしても、その時、唯一はっきりと聞き取れたのが、 『キスするんじゃなかったの?』 そんな…誰かの言葉だったのだから、さすがに恥ずかしくなる。 「バレリア…」 今では聞き慣れた心地よい声がすぐ耳元で響いた。肌に突き刺さるような視線は自分の身を案じる恋人のものだと知るから、少しくすぐったいような気持ちになる。 彼にこんなにも心配をかけてしまったのは自分の浅はかな行動のせいだった。 だから、彼が医務室でひと騒ぎしたコトにも、目上の者に迷惑をかけたうえに暴言を吐いたことも今回は目をつむっておこう。 それはまあいいとして。 『どうせなら、本当に意識不明になっていれば良かった』 ため息さえ伴いそうな憂鬱さで彼女は呟く。 大切な恋人に心配はかけたくなかった。 だから、そのために今すぐにでも目覚めたいと思う。 …そう思うのだが。 『今はあいつと顔を合わせたくない』 そんな風に願ってしまうのは罪深いコトだろうか。 自分がこんな風になったのは霊に憑依されることを簡単に承諾したせいだ。 しかし、それだけではなく…。 一番の問題は感情的になって、無理矢理に幽霊を自分から追い出そうとしたからだった。 そんな風に自分が感情的になった理由など一つしかなくて。 それがわかるから、恥ずかしさを感じる。 ぴくりとも動かせぬ頬は赤くなってなどいないだろうか? 『今は…目覚めたくない』 心配してくれる恋人にわびつつ、彼女は心底そう願うのだった。 NEXT ・ BACK |