問題の部屋の近くにいながら待っているだけ、なんてできなくて。
カスミは勇気を出して扉のすぐ横、壁に張り付くようにして身を寄せた。
『バレリアさんはどうしたんだろう』
彼女に待機しているよう言って、バレリアが部屋の中へ入っていってからもう五分は経っている。
まさか何かあったんじゃ…と悪い予感に胸の鼓動が早くなる。が。
「だからな、未練を残して死んだ彼女は気づいた時には魂がこの人形の中に入っちまってたんだと」
「では、元は人間だと?フリック」
「らしい、な。だが問題はここから先だ」
強い魔力を持つ友人−−−つまり、ヘリオンだな。
彼女が人形を引き取ったおかげで、長い時間が経つうちにその魔力が少しずつ人形に染みついたってわけだ。
「そのおかげで、こうして動けるようになったと?」
「そうじゃ」
「な、ほんっとうにすごいと思うだろ!?バレリア」
死んだ後でもちゃんと意識があって、動いてしゃべれるんだぜ?
妙に熱の入った口ぶりは、次第に夢みるような響きを帯びる。
「もしかしたら……オデッサも」
そう言えば、フリックさんの恋人は亡くなったんだっけとカスミは思う。
でもだからといって、アヤシイ人形の言い分を鵜呑みにするのはどうだろう。
そんな彼女の考えを代弁するかのように容赦なく水を差す男が一人。
「んなもん、うそっぱちかもしんねえだろーが」
こんな乱暴なヤツ、悪霊のたぐいじゃねえのかよ。
『そうよ。簡単に信じたりしたら危ないわ』
「あくりょうってなんのこと?」
そう問うのほほんとした声に思わず、カスミは胸に手を当てた。
『ビッキー!無事だったのね』
「こりぬヤツよの。本当に呪ってほしいのか」
「へっ、呪えるもんなら呪って…」
「ビクトールっ」
ケンカ腰のセリフは凛とした声に遮られた。
「な、なんでえっ、バレリア」
「もう少し口のきき方に気をつけろ。”彼女”に失礼だ」
「彼女ぉ?この化け…」
バシッと音がした後、一瞬、シンと沈黙が落ちた。
『え、えと…?』
「い、痛そうだよお…大丈夫?ビクトールさん」
「自業自得だな」
「すみません、アオイ殿」
そして、冷静極まりない口調でそう謝罪したのはバレリアだった。
「ですが、正直なところ、あなたの話の真偽について私も判断いたしかねます」
臆することなく、彼女ははっきりと告げる。
それに対して相手は意外にもあっけらかんと応じた。
「それはいたしかたあるまい」
至極当然のことだとばかりに言い、楽しげな笑い声がこぼれた。
「それにしてもそなたの冷静さといい、度胸といい、気に入った」
見事なおなごよ。
「…ありがとうございます」
「どれ、おぬしの度胸を見込んで頼みがあるのだがの」
「…なんでしょう?」
「わらわが人形の体に住むようになってもう数十年になる」
時折、人として生きていた頃がむしょうに懐かしくなるのじゃ。
今までの元気な様子から一転して、その声は部屋の外にいるカスミにまでしんみりとした気配を伝える。
しかし、そこに続いた言葉は彼女の内にわいてきた同情心も吹き飛ばすものだった。
「のう、しばしの間、そなたの体をわらわに貸してはくれぬか」
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