「本当に大丈夫ですか?バレリアさん」
胸の前で祈るように手を握り、少女は青ざめた顔で言う。
その横ではいま一人の少女がまったく状況を理解できていない様子で、ただただ不思議そうな顔をしている。
「なになに?カスミ。どうしたの?」
そして、ひどく仏頂面をした男が一人。
「…………」
睨みつけるような視線を一点に注いでいた彼はふいにぼそりと呟く。
「なんで黙って見てやがった?フリック」
「バレリアの考えにも一理あるからな」
恨みさえ感じる声音にフリックは肩をすくめた。
「それだけじゃねえだろうがっ!クソッタレが」
「そいつは言いがかりってもんだぜ。ビクトール」
ともすればこぼれそうになる苦笑をこらえ、困り顔を作る。
確かに彼が危険を冒そうとするバレリアを止めなかった理由は今言ったコトだけではなかった。
霊が人に乗り移ったらどうなるのか?
結局のところ、それを見てみたいと思う好奇心に負けたのだ。
『さすがにバレリアのコトとなると鋭いもんだ』
半ば八つ当たりであろうが、ビクトールは自分の思惑に薄々勘づいているに違いない。
そう思うとフリックもほんの少しだけ申し訳ない気になる。
「そんな顔をするなって、ビクトール」
しかし、ここで「バレリアは大丈夫だ」とは彼にも言えなかった。そんなセリフは陳腐で軽薄以外のなにものでもない。
それなのに…。
「大丈夫だ」
非常に危険な立場にあるはずの当人が、艶やかに微笑みそう言った。
それは今までに見たことがない妖艶とも思える笑みで。
気のせいだろうかという程度のわずかな違和感をフリックは覚えた。
「てめえ、もう乗り移りやがったのかっ!?」
ずうずうしい野郎だ。
ますます目尻をつり上げたビクトールを見てバレリアは−−−いや、アオイはくすくすと楽しげに笑った。
「ようわかったな。だが、ほれ、なんともあるまい」
彼女は両手を広げ、まるで踊るような仕草でふわりと回る。
「おお、なんと動きやすい体よ。健康であるうえ、しかも美しいとはのう」
バレリアの姿をしながら、バレリアとは思えないその姿。それが初めて見る相手のように思えるのは、年寄りじみた口調のせいばかりではないだろう。
ゆったりとした動きは本来のものに比べて、緩慢。
今にも消えてしまいそうな気配は、炎ではなく霧か霞のよう。
それはアオイが幽霊であるためか、それとも彼女本来の性質なのか。
『最低、だな』
フリックは鳥肌が立つのを感じながら、呟く。
バレリアであって、そうではない存在。
言いようのない不安感が胸の奥からわき上がり、彼はゾッとした。
『バレリアは本当に大丈夫なのか?』
まさか、消えたりしてないよな?
己の愚かな好奇心を後悔しながら、眉間にシワを寄せたままのビクトールを盗み見る。
彼は今、どんな思いでいることだろう。
「もういいだろうがっ!さっさと出て行きやがれ」
押し殺した声で言うビクトールに、アオイは腕を組んで余裕の態度で応じる。
「そうせかすな」
そして、彼女はふいに何かを思いついたかのように「そうじゃ」と呟いた。
「このおなごとそなたとは恋人同士であろう?」
「それがどうした…」
「その”恋人同士”というのをわらわにも味わわせてもらえぬかの」
その時。
常に冷静沈着で、そしてやさしい光を宿した瞳はまさにいたずら好きの悪魔のごとき光を浮かべた。
「少しくらいいいであろう?」
まさか本当に剣で斬りつけるわけにもいかず、戸惑うビクトールの懐にアオイは軽やかに飛び込んで。
目を見開く相手の肩に手を置き、その唇を近づけたのだった。
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