開け放した窓から湖面を渡ってきた風が入り込む。
 窓枠に腰掛けて、遠い山並みを眺めながらテンガアールはため息をついた。
 戦士の村にいた時はこんな風にヒックスのことで気持ちが揺れるなんてなかった。
 それはいつもすぐそばにヒックスがいて、彼は自分だけを見つめて追いかけてきてくれていたから。
 でも、そのコト自体は解放軍の砦に来てからも変わらないと思う。
 問題はたぶん−−−。
「テンガアール、お部屋にいまして?」
 軽いノックの音がして、おっとりした声が扉の向こうから響いた。
 憂鬱な気分のまま、考えに沈んでいたテンガアールはハッとして振り返る。
「えっと、いるよ」
 慌てて窓枠から下り、扉へと向かいながら彼女は頬に手を当てる。
『ぼく、変な顔してないよね?』
 来訪者が誰なのか、声だけで彼女にはわかっていた。
 穏やかで、耳に心地よい音楽のように紡がれる言葉はいつも彼女の憧憬を誘う。
「お待たせ。アイリーンさん」
 扉を開けるとやさしい微笑を浮かべた女性が立っていた。
「こんにちは。テンガアール」
 もともと街の名士の妻であるためか、彼女の言葉遣いや物腰からは気品が感じられる。
 それでも、気後れせずに近づけるのはそのやさしい色をした瞳のおかげだろう。
「今日はね、この間注文したワンピースが届いたから持ってきましたの」
 その言葉にテンガアールは首を傾げた。
 なんのことだろう?
「忘れておしまいですの?あんなに一所懸命、布を選んでましたのに」
 アイリーンはにこにことうれしそうに言う。その言葉にふっと思い出したようにテンガアールは声を上げた。
「布…って…もしかして、アレ!?」
「ええ。少し時間がかかってしまいましたけれどね」
「すっかり忘れてた」
「ね、さっそく開けてみましょう」
 ね?と促して、アイリーンは腕に抱えていた四角い包みをテンガアールに渡した。
 その意外に軽い包みを受け取り、テンガアールは思わず頬を緩めた。
 アイリーンが持ってきたのは彼女が仕立てに出していたワンピースだったのだ。事の起こりは数週間前、船商のクントーがさまざまな物資を新たに解放軍に寄贈してくれたことによる。
 そのなかには色鮮やかな布地も多くあり、いくつかは砦の女性たちに報償も兼ねて配られることになった。その時、集まった女性たちは思い思いに好きな布地を選び、自分自身で服を作った者もいれば、テンガアールのようにアイリーンの紹介を経て仕立てに出した者もいた。
 それが仕上がってきたという。
「どんな風にできたんだろ」 
 少しどきどきしながら、包みにかけられたリボンを解く。
 かさり、と音を立てて広げられた包装紙の中から明るい黄色のワンピースが姿を現した。持ち上げると、膝丈まであるスカートがふわりと広がるタイプだった。今までのように動きやすさを重視して選んできた服にはない華やかさがそこにはあった。
 まるで花みたいだ、とテンガアールは思う。
「サイズが合ってるか確かめなくてはね」
 しかし、彼女はアイリーンのそんな言葉に一瞬、躊躇した。
 本当はすぐにでも着てみたいほど可愛い服だった。
 でもだからこそ、自分なんかに似合うだろうかと思ってしまう。
「ね、この服はあなたの素敵なところをもっともっと素敵にしてくれますわ」
 保証します、と微笑んで、アイリーンはテンガアールを促した。


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