どれくらいそうしていただろう。
 目が腫れていることに気づいたのと、本当に久しぶりに人前で泣いてしまったのとでテンガアールは顔を上げられずにいた。
 それでも、アイリーンはテンガアールが少し落ち着いたことに気づいたように抱きしめていた肩を放して立ち上がった。
「ちょっと待っていてね。テンガアール」
 そう言い残して彼女は部屋から出ていってしまった。
 一人きりになって、テンガアールはますますいたたまれない気持ちに捕らわれた。
 なんて情けないトコロを見せてしまったんだろう。
 アイリーンさんだって、あんなコト言われて困ったに違いないんだ。
『嫌われたらどうしよう…』
 テンガアールがまた泣き出しそうになった時、扉が音を立てて開かれた。
 そのことにギクリと体を強ばらせる。
「遅くなってごめんなさいね」
 そう言って入って来たのは、出ていって数分と経っていないアイリーンだった。
 少し弾んだ息はどうやら廊下を走ってきたためらしい。
「はい、テンガアール。これを顔に当てるといいと思いますわ」
 そう言って差し出されたタオルからはほかほかと白い湯気が立っていた。
 言われるままに腫れた顔に押し当てると、その温かさが心地よかった。
 アイリーンはテンガアールからちょうど一人分のスペースを置いて再びベッドに腰を下ろす。そうして彼女は体の位置をずらしてテンガアールを正面から見つめた。
「ねえ、テンガアール」
 声をかけられ、タオルから半ば顔を上げてテンガアールはアイリーンを見返す。
 アイリーンは膝の上で手を組み、初めて見るような無邪気さを宿した瞳でテンガアールを見ていた。
「あなたはわたくしのことをどんな風に思っていらっしゃるのかしら?」
「それは…」
 やさしくて、上品で、気品があって、素敵な女性だとテンガアールは思っていた。
 しかし、アイリーンは自分から尋ねておきながら、彼女が答えを言う前に衝撃的な一言を口にした。
「わたくし、遊牧民の出身ですのよ」
「え………?」
 テンガアールは呆然と目の前でにこにこと微笑んでいる女性を見つめた。
 戦場にいることすら不似合いで、生まれながらにお嬢様として大切に育てられてきたかに見えるアイリーンが−−−ゆうぼくみん?
 遊牧の民っていうと家畜を放牧しながら、草原を移動する人々のコトで…。
「えっと、アイリーンさん…?」
 これは冗談に違いない、と思う。しかし、
「わたくしの家族は羊をたくさん飼っていましたのよ。それで、時期になるとたくさんの羊毛をとるんですの」
 ごく当然のこととばかりに言われ、テンガアールは泣いていたことも忘れて目をぱちぱちさせた。
「ほ、んとに…?」
 驚きました?と問われて、こくんと頷く。
 アイリーンはそんなテンガアールの反応を楽しんでいるように、ふふっと笑う。
「だからね、わたくしがあなたくらいの年の時はもっともっとおてんばで、男勝りな女の子でしたのよ」


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