「ル、ルル、ラ♪ 今日はお天気 いい天気♪♪」
たった今、気分まかせに作ったとわかる元気な歌が澄みきった青空へ抜けて響く。
「おっせんたく〜♪ 乾くよ 乾くよ おっせんたく〜♪」
明るい日の光が降り注ぐ砦の屋上。
その面積いっぱいを使って並ぶのは洗濯物のつるされた物干し竿だった。
シーツにシャツにetc…もはや数え切れないほどの洗濯物に視界は埋め尽くされ、歌声の主の姿も見つけることはできない。
それでも、そんな光景を目にすることこそが彼女−−−セイラにとっての至福だった。
思わず笑みがこぼれる。
「さあて、あと少し、と」
洗濯かごの中からシーツを一枚取り上げ、竿にかけながらパンと引っ張りシワをのばす。
と、階段を上りきって「ふうっ」とばかりに誰かが息をついたのに彼女は気づいた。
「毎日毎日、精が出るねえ。セイラ」
振り返ると解放軍の中でも年長組代表といえるヘリオンが階段口に立っていた。
その厳格そうな雰囲気に反し、きさくで何かと頼りになる存在だ。しかし、それは同性や子供に対してであって、男たちにはかなり手厳しいコトをセイラは知っている。
「ヘリオンさん。いいお天気ですね」
「ああ。こんな日はひなたぼっこも悪くない」
洗濯物もよお乾くだろう?
その問いにセイラは嬉しさを隠せずに微笑む。
「朝から干してたのがもう乾いちまったんで、これは今日二回目の分なんです」
するとヘリオンは感心と呆れを混ぜた複雑そうな目を彼女に向けた。
「ほんとうに洗濯好きだね。だが、あんまりバカどもを甘やかすんじゃないよ」
解放軍のメンバーは増えに増え、この砦の中に居住する者だけでも百人近い。
一応洗濯などは各個人で責任を持つようになってはいるが、中には一ヶ月も同じ服を着続けるような無精者もいるわけで。
そういった連中の世話をまとめてみているのがセイラなのだ。
「洗濯するなとは言わないけど、洗濯してやる代わりに何かにコキ使ってやるくらいはしてやりなよ」
「それはもちろん」
にっこり笑って応えるちゃっかり者のセイラに、ヘリオンは「そうでなくちゃね」と満足そうに頷いた。
「ところで、ヘリオンさんは日光浴をしにここへ?」
そうするには洗濯物がいっぱいで邪魔よね、と思いながらセイラは口を開いた。
それでも手ぶらのヘリオンを見る限り、自分の洗濯物を干しに来たとは考えにくい。
セイラの言葉にヘリオンは屋上に来た本来の目的を思い出したように目を細め、
「いや、そうじゃない。おぬしにではなく、あやつに用があってな」
調子はずれな歌声がする方へと顎をしゃくった。
ああ、なるほど…とセイラは頷いた。
「ビッキー!」
「Tシャツ Tシャツ し〜わをのばして♪ ズッボン ズ…」
「ビッキー!!ヘリオンさんがお呼びよ」
「へ? あれ?おばあちゃん」
シーツの向こうから、ひょっこり顔を覗かせて少女は不思議そうに首を傾げた。
「もうお茶の時間だっけ?」
「いいや、まだに決まっておろーが。ついさっき、昼ご飯を食べたばかりじゃないか」
ボケ老人のようなコトを言うでないわ、とヘリオンは呟く。
「そうじゃなくてな、おぬしに手伝ってもらいたいことがあるんだよ」
「ええ?あたしに?」
かなり年が離れているにも関わらず、ビッキーとヘリオンはウマが合うというか、ボケとツッコミでバランスが取れているというか、仲が良いことは解放軍の中でも有名だった。
それでも、ビッキーがヘリオンに頼られるというコトは稀なのだろう。
ビッキーは驚いたように大きな目を見開いて、そして、すぐさま嬉しそうに破顔した。
「うん、いいよ!!…あっ、でも洗濯物がもうちょっと残ってるから、それすぐに終わらせるね」
慌ただしく踵を返そうとしたビッキーに、セイラは笑いながら声をかけた。
「いいよ、ビッキー。残ってるのあと少しだし、ヘリオンさんを手伝ってあげなよ」
「えーと、いいの?」
「いいって、いいって。手伝ってくれてありがとね。ほんとに助かったわ、ビッキー」
「悪いね、セイラ。今度何か埋め合わせをするよ。ほら、ビッキー、急いでおくれ」
「急ぐの?テレポートする?」
「そいつはいらん」
まるで祖母と孫のように並んで歩いてゆく後ろ姿を見送り、セイラは目を細めた。
子猫のように軽い足取りでヘリオンにまとわりつくビッキーの姿が実に微笑ましい。
「でも、ヘリオンさんのお手伝いって何だろうね」
魔法実験じゃ、失敗ばかりするからって二度とビッキーには手伝わせないって言ってたし。
掃除や料理だって、自分のやったコトをすぐ忘れるのが得意な少女には任せられない。
「えーと…」
単に口からこぼれただけの疑問に、わけもなくふっと生まれてしまった嫌な予感。
が、セイラはすぐさま頭を振った。
「まあ、いいか」
空はこんなにきれいに晴れていて。
まさしく絶好の洗濯日和なのだし。
「さきに残った洗濯物片づけないといけないしね」
それにどうせ追求しなくても、結果はいずれわかるに違いないから。
それが自分と無関係らしいことに安堵している自分自身に苦笑しながら、セイラはシャツに残った頑固なシミに気づいて顔をしかめた。
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