金属と金属のぶつかり合う音。
すがすがしい朝の静けさの中で耳にしたその音に彼は『まさか…』と思う。
そう思いながらも廊下をゆく歩みが勝手に早くなってしまうのは、少しばかり思い当たるコトがあるせい。
「いい大人がまさか武器振り回して“ケンカ”の続きってのは」
ナイだろ?
自問自答しながら、心臓の鼓動が早くなるのを彼は感じた。
一人はもとより短気なタチで。
もう一人はといえば、真面目なぶん怒らせると怖いタイプだった。
そんな二人が武器を手にして向き合っている場面など、息をするような自然さで想像できてしまう。
そして、たどり着いた窓から下を覗き込んだ彼は「げっ」と呻き、顔を引きつらせた。
『おいおいおいおい…』
窓枠に両手をついて、がっくりとうなだれる。
状況は想像していた以上に最悪だった。
「マジに殺し合いなんかすんなよ…二人共」
攻撃は、紙一重の回避がなければ致命傷になっておかしくないほど鋭くて。
なにより剣を交える二人の目に宿る殺気が尋常ではない。
建物一階ぶん離れていても威圧されてしまうほどなのだ。遠巻きに、とはいえ近くにいる傍観者たちが口をつぐんだまま息を呑んで成り行きを見守っているのも頷ける。
この場合、下手に横やりを入れようものなら『死』を覚悟せねばならぬだろう。
「にしても…」
ケンカしていた二人が頭を冷やす時間が一晩、というのはやはり短すぎるのだろうか?
「短すぎるよなあ。やっぱ」
短い髪をくしゃくしゃと掻き上げ、彼は盛大なため息を吐く。
だいたい昨日の夜のうちからこうなるコトは予想できてはいたのだ。
だが、多少派手な口喧嘩にはなったとしても、真剣での斬り合いに発展するとまでは思っていなかった。
「バレリアがこうくるとはな…」
元帝国士官の美女は理知的で、物事に対して冷静かつ的確な判断を下す能力を備えていた…ハズで。
「それだけビクトールのヤツがバカやったってことか…?」
昨日か、それとも今朝になってからか。
それはわからぬが、きわめてマズイ状況にあることだけは確かだろう。
別にお堅い軍師殿に説教をくらう云々は問題ではない。そんなことなら「剣の稽古をしていた」などと誤魔化す図太さを二人とも持ち合わせているから大丈夫なのだ。が、
その前にケガしたらどうするんだ!?
っていうより、死んだらどうするつもりなんだよ!? おまえらは。
「思ってたよりやるじゃねえか。バレリア」
「貴様もな、ビクトール」
その図体でよく避けるものだ。
聞こえてくるのはそんな不敵きわまりないセリフ。
「こ、こいつら…」
楽しんでやがる。
声の調子にそう直感する。
それと同時に心の底から『ヤバイ』と彼は思った。
戦う者は自らを鍛え上げることに力を注ぐと同時に、そんな己の力を発揮する場所や相手を望むところがある。強い者と戦い、自分の限界に挑戦したいと思う気持ちがいつもどこかにあるのだ。
今まさに彼の眼下で向き合う二人は互いをケンカ相手ではなく、良き好敵手とみなしていた。
それはケンカの延長線上である以上にある意味、危険なコト。
なにがなんでも止めなければならない。
「止める…っても」
二人の繰り出す一撃は本当に隙がなかった。
一瞬の油断が命取りになっておかしくない攻防で。
どのタイミングで止めに入るかがなにより一番の難問であった。
片方の集中力だけが切れて相手の剣にぐっさり刺される、なんてコトもありえる。
悪くすれば両方共倒れ?
「そんなのは勘弁してくれよ」
彼は雷の紋章を構えると、死闘を繰り広げる二人の動きを食い入るように見つめた。
そして、まさにその力を振るおうとした時、響いたのどかな声は彼の中の張りつめた糸をぶっち切った。
「いい朝ですね。おはようございます、フリックさん」
聖女のごとき微笑みに彼は体を硬直させたまま、引きつった笑みを返す。
「…お、おはようございます。アイリーンさん」
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