土の紋章の力は宿り主の思惑によってか、ごく一部の地面にだけ作用した。
 およそ数メートル四方、そう、今にも剣を交えようとして踏み込んだばかりの二人の足下だけに地震を引き起こしたのだった。
 そして、誰もが「あっ」と思った瞬間にはビクトールとバレリアは体のバランスを崩していた。
「…っ!」
 ビクトールの剣は相手の喉を。
 バレリアの剣は相手の心臓を。
 見事に捉えたまま、二人はもつれ合うようにして倒れ込んだ!
「−−−−ッ」
 それはまばたき一つの間の出来事だった。
『ウソだろ…?』
 下敷きになっているビクトールの剣はバレリアのちょうど首の辺り、長い髪の間を貫き現れていた。
 そして上に倒れ込んだバレリアの剣はというと−−−ビクトールの体を地面へ串刺しに!?
 あまりの光景に麻痺しかけた思考を叱咤しつつ、フリックは目をこらした。
『血…血は出て、ない…よな?…たぶん』
 しかし、彼の立つ場所からはよくわからない。
「くそっ」
 小さく舌打ちし、焦りに背中を押される勢いで彼は窓を越えて階下へと飛び降りていた。
 文句を言っていやりたい相手はいたが、構っている場合ではない。
「生きてるか!?ビクトール、バレリア」
 そして、そんな彼の声がまるで呪縛を解いたかのように凍りついていた人々も我に返る。
「バレリアさん…?け、剣が…」
「た、大変、大変だよー」
「ど、どど、どうしよう。バレリアさんとビクトールさんがっ」
「死んじゃったよおお」
 無責任な叫びにフリックはこめかみに青筋を浮かべ、
「まだそうと決まったわけじゃないッ」
 そう怒鳴り返していた。

 *

 階下でのそんな騒ぎに、こぼれたため息が一つ。
「今のはやりすぎだぞ。アイリーン」
 たしなめる口調。
 しかし、それを気にした風もなく彼女は微笑む。
「ちょっと危なかったみたいですわね」
「ちょっと、ではなかろう」
 くすっとこぼれた笑みに添えられるのはいつになく子供じみたセリフだった。
「だって、なんだかうらやましくて」
 少し意地悪したくなりましたの。
「それに地震より先にもう一つ魔法をかけておきましたし」
 ぬかりはありませんわ、と誇らしげに言うその様子に彼は肩をすくめてみせた。
「あら、信じてませんの?あなた」
「まさか。信じておるさ。ただ…」
「ただ?」
「一言詫びは入れねばな」
「もちろんですわ」
 ちゃんと考えてましてよ。
 踊るような足取りで階段へ向かう妻を見つめ、彼は苦笑する。
 彼女の本心を見抜ける者などそうはいまい。
 結局のところ、誰もがその演技にまんまとのせられてしまうのだろう。
 それを困ったものだと思うと同時に、大したものだと感心してしまう自分自身こそが一番の問題かもしれんな、と彼はふと思ったのだった。


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