「生きてるか!?ビクトール、バレリア」
切羽詰まった感じの声が聞こえた。
遅れて、それがフリックの声で、自分の耳がちゃんと音を聞きとれているのだと彼は知る。
『生きてんのか?オレは』
無意識のうちに止めていた呼吸の息苦しさをふいに感じて、ゆるく息を吐き出す。
そうして動いた唇に、彼は改めて自分が生きているコトを感じた。
『生きてるみてえだぜ…』
しかし、それはなかなか実感しがたいことでもあった。
「よお…生きてるか?バレリア」
からからに乾いた唇をわずかに動かして、声を押し出す。
上に覆い被さる相手の顔は長い髪に邪魔されてよく見えない。
微動だにしない姿は死体だったとしてもおかしくないくらい静かで。
応えが返るまでのほんのわずかな間が彼にはやけに長く感じられた。
「生きてる…ようだな」
かすれた声が、まだ信じられないとばかりの呟きとなって降る。
呼吸に合わせて細い肩がかすかに上下するのが見え、彼はホッと一息ついた。そして、そんな自分に気づいて苦笑する。
相手は別に殺してもいいと思って本気で剣を交えていたヤツだってのに。
なにホッとしてんだか。
「ビクトールっ、バレリア!?」
間近で聞こえたフリックの声に口の端を上げる。
『こいつもなんてえ声出しやがるんだ』
「生きてるんだな?ビクトール」
覗き込んできたフリックは顔から血の気が失せて真っ青だ。
ずいぶん心配させちまったみたいだな、とすまなく思わないでもなかったが、結局彼の唇に浮かんだのは引きつった笑みだった。
「みたい、だな」
『生きてるかなんて、こっちが聞きたいくらいだぜ』
「まあ、それはいいんだが…」
「………?」
「動けねえ」
短い呟きに「私もだ」とバレリアも続く。
互いに一度は死んだと思ったほど、二人の剣はギリギリのところで急所を外すことに成功していた。
だから、今もビクトールの剣はバレリアの首筋すぐ横に。
そしてバレリアの剣はビクトールの脇下という、まだ気の抜けない場所に位置していた。だからこそ彼ら二人はうかつに動くこともままならず、呼吸ひとつも緊張状態のさなかにあった。
それでも、フリックは明らかに安心したらしく表情をゆるめ、
「こんのバカ共!ずっと一生そうやってろ」
一転して、そう無情に言い放った。
これにはビクトールも情けない顔になる。
「冷たいコト言うなよ…。マジにヤバイんだって」
刃の危険もあるうえ、不自然な体勢で力をかけているために体が強ばってしまっているのだ。
動きたくても、動けない。
それに気づいたフリックは「こいつは貸しだぞ」としぶしぶながらに手を出した。
「ビクトール、とにかくおまえは剣をそのまま右に倒して地面に置け」
「おう」
フリックはビクトールを手伝い、硬直した腕を地面に倒すと次にバレリアの剣の柄を握った。切っ先を地面に突き立てたその剣は彼女の力で垂直に保たれていた。
「バレリア、剣は俺が支える。柄から手を離していいぞ」
「すまない」
全身の強ばりが抜けないバレリアはぎこちない動きで一度ビクトールの肩に手をついてから、吐息と共に起きあがった。
「まいった…」
疲労の色濃い呟きに、
「そりゃ、こっちのセリフだ」
やっと自由になれたビクトールは苦笑いで応じる。
しかしまあ、それはお互いさまのコトで。
目が合った瞬間、彼らの口からこぼれたのは晴れ晴れとした笑い声だった。
「いやあ、死んだと思ったぜ」
「そうだな」
「いい突きだったしよ」
「おまえの斬り込みも見事だった」
あっけらかんと笑い合う様子に周りにいた者たちもかけるべき言葉を失う。
そして、フリックはというと苦虫をかみつぶしたような顔をして二人を突き飛ばした。
「おまえらなあー」
反省しろっ!反省!!
「へえへえ。反省ならもうしたしたって」
自分自身でも妙だと思うほど、ビクトールは笑いが止まらなかった。緊張の糸と一緒に頭の中の線も一本、切れかけていたのかもしれない。
しかし、それはバレリアも同じだったらしい。
真面目な表情を作ろうとしながらも、やはり口元が笑っている。
「すまなかったな。フリック殿」
「でもよ、いきなり地震が起きたのにはびっくりしたぜ」
「ああ。アレがなければちゃんとケリがついただろうに」
残念だ。
「もったいなかったよな」
「ぜんっぜん反省してないだろう。おまえら」
苦々しいフリックの声も彼ら二人に届くことはなかった。
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