本当に傑作だな、と彼女は思う。
実際の戦闘でもこれほど死を身近に感じたコトがあるだろうか?
それがおかしかった。
「まあまあ。楽しそうですこと」
ふいに響いた声は少し場違いに感じるほど穏やかだった。
「アイリーンさん…?」
瞬間、眉間にシワを寄せたフリックに気づき、彼女はふっとすべてを理解した。
突然起きた地震の原因は−−−
「あんたか」
ビクトールもそのコトに気づいたようだ。
「あんまし危ねえこと、してくれんなよ」
「ごめんなさいね。驚きました?」
少しすまなそうな顔をして、アイリーン。
「驚いたってもんじゃねえよ」
「でも、バレリアさんに急ぎの用事があったものですから」
あのままではいつまでも遊んでいらしたでしょう?
「…………ッ。そういう問題か?」
「まあいいじゃないか。終わりよければすべて良し、だ」
「バレリア、おまえ…」
それですませるか!?と詰め寄ってくるビクトールに苦笑を返す。
互いに一度は死んだと思ったのはなぜなのか?
人を殺すことに慣れ、そして相手の死をそれまでの経験や手応えで知るコトのできる自分たちがそんな錯覚を抱いた理由。
そのコトにビクトールはまだ気づいていないらしい。
彼が脇下の服の破れ目に気づくのは風呂にでも入る時だろうか。
「いいんだ。それでアイリーンさん」
用事とは?
おそらく地震だけでなく、肉体の防御力を上げる魔法もかけていただろう女性はそんな疲れなど微塵も感じさせずに微笑む。
「ええ、昨日お引き受けしたお布団の件なんですけど」
材料が確保できましたから、お昼過ぎにはできますわ。
その言葉にバレリアも頬をゆるめた。
「それは助かります」
「今のお詫びも兼ねて、力を入れて作っておきますわね」
その会話の内容についていけず、怪訝な顔をするビクトール。
「布団がどうしたんだ?そいつが急ぎの用だってか?」
「だって、お布団がないままだと寒いでしょう?」
いきなりそう切り返され、彼は「へ?」とまぬけ面になった。
「まあ、聞いてませんの?ビクトールさんの新しいお布団のことですわ」
ほら、古い分は処分してしまいましたから。
「昨日のお片づけは本当に大変でしたのよ」
「って……あんたもアレ、やったのか?」
頬を引きつらせる相手の様子にも構わず、アイリーンは楽しげに笑う。
「洗濯物はセイラさんにお願いして、細々した荷物は倉庫ですわ。あ、ベッドも新しいのを注文してありますから安心してください」
「ベッドって、オレは余分な金、持ってねえぞ」
「それは大丈夫ですわ。全部バレリアさん持ちですから」
そこで初めて驚いたように振り向いたビクトールにバレリアは小さく笑う。
「こっちの勝手でしたことだからな」
「そりゃ…なんか、すまねえ…っつうか」
なんでそれを早く言わねえんだよ。
そうすりゃ、こんなハメにもならなかっただろうが。
そんな風に言うビクトールにバレリアは肩をすくめた。
「言える状況じゃなかっただろう」
『おまえも、私も』
ため息混じりの応えにさすがのビクトールもバツが悪そうに頭を掻く。
「そりゃ悪かった…」
「じゃあ、これで仲直りだな」
傍らで成り行きを見ていたフリックがさっさと問題を片づけてしまいたとばかりに口を挟んだ。
「もうこんなはた迷惑なケンカはやめてくれよ。わかってるな?二人とも」
しつこいくらいの念押しに、しかし、応えたのは空腹を訴える腹の音だった。
「ビクトールっ」
「朝メシ食ってねえんだよ。昨日の晩も食いっぱぐれたしよ」
「あら、それじゃあ急ぎませんと。もうそろそろ朝食の時間は終わりですわよ」
決められた時間が終わると昼食時間まで食堂は閉められてしまう。
アイリーンの言葉に、ビクトールは慌てた様子で「じゃあ、オレ行くわ」と身をひるがえした。
その足の早さに『困ったヤツだ』と笑みをこぼしながら、
「お手数をかけます。アイリーンさん」
頭を下げたバレリアにアイリーンはいえいえと手を振る。
「こちらも楽しんでやってますから気になさらないで」
「で、バレリアはもう朝メシすんだのか?」
「いや、まだだ。フリック殿」
それでも昼食までならなんとか保ちそうだと思い、あっさり朝食を諦めたバレリアに、
「じゃあ、俺につき合えよ。時間外でも朝メシ食えるところがあるんだ」
彼はそう提案した。
それは意外な展開ではあったけれど。
「そうだな。一緒させてもらおう」
改めて穏やかな一日の始まりとして、バレリアは笑ってそう応えた。
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