同じ本を肌身離さず、どこに行くにも持って歩くというのは少しおかしい、か?
そんな疑問を彼が抱いたのは他の者たちに遅れるコト、約一週間。
あまり『書物』というモノに関わりあいになったことのない彼は、
『酔狂なヤツだな』
などど思いつつも、まったくもって気にしていなかったのだ。
あれだけ分厚ければ読み終わるのに相当時間がかかりそうだし、当人はちょっとしたヒマを見つけて読もうと思っているのかもしれない。
しかし…。
「ねえねえ、ビクトールさん。バレリアさんが持ってる本ってなんなの?」
好奇心いっぱいの目をしてそう声をかけてきた少女に彼は「へ?」と口を開けた。
「バレリアの本ってえと…あの皮表紙のヤツか?ビッキー」
「うんっ」
「………?なんでそんなコト、オレに聞くんだよ」
本人に聞きゃいーだろ。
面倒くさそうに言うと、ビッキーは少し困ったような顔をした。
「だって、バレリアさん、教えてくれないんだもん」
「はあ?教えてくれないって…?」
「うん。特別なモノだから、ほかの人には見せられないんだって」
「………そうなのか?」
ビクトールとしては「見るか?」とあっさり本を差し出されたこともあって、思わず首を傾げてしまう。
しかし、そんな相手の様子など気にしないのがビッキーだ。
うきうきと声を弾ませて話を続ける。
「あのね、あのね、みんなで何の本かなあって話してたの」
でもね、わかんなくて。
「そしたら、誰かがね、ビクトールさんなら知ってるんじゃないかって」
そこで、ふと気づいたようにビッキーは不思議そうな目をしてビクトールを見た。
「あれ?みんな知らないのに、なんでビクトールさんなら知ってるって思ったんだろ?」
「ああ?そ、そりゃ…」
問いに彼は思わずどもった。
答えは簡単、二人が『恋人同士』だから。
他人では知り得ない秘密を共有しているコトもまあ有り得るのだ。
しかし、相手に面と向かってそう言うのはかなり照れくさいモノがあった。
『それにコイビトドウシ…なんて、当人が口にするにはなんとなく白々しい言葉じゃねえか?』
砦の中ではもうほとんど公認されたも同然のハズが、なんだってまた今頃になって言うんだか。
まあ、相手はこのビッキーだしなあと内心がっくりしながら、
「まあ、オレは物知りだからな」
少し考えた末に彼はそんなコトを言った。
それでもビッキーはその答えに満足した様子で、素直に賞賛の眼差しを向ける。
「すごいんだあ。じゃあ、じゃあ、バレリアさんの本がなんなのかも知ってるんだ」
「ああ、まあな」
それほどたいしたコトじゃねえはずだがな、と思いながらバレリアの本が兵法書であることを告げるとビッキーは目に見えてがっかりした顔になった。
「なんだ、おばあちゃんの言ったとおりかあ。ヘイホウショってなんか難しい本なんでしょ?」
ビッキーは小さく唇を尖らせ、「つまんない」と呟く。
「あのなあ、いったい何、期待してたんだ?」
たかが一冊の本にはしゃいだり、がっかりしたりする相手の様子に呆れながら、問う。
すると落ち込んでいたはずのビッキーは勢いよく顔を上げ、
「あのね、あのね、あたしね、『秘密の本』だと思うの」
一転して元気を取り戻した明るい表情で言った。
「は?」
「だから、バレリアさんの秘密がいっぱい入ってるの」
「はあ?秘密?」
なにを言ってやがるんだ、という顔つきになったビクトールにビッキーは少しムキになった様子で、
「だって、だって、いっつも持ってて、誰にも見せてくれないんだもん」
ビクトールさんもそう思うでしょ?
「いや…そう思うかって言われてもなあ」
少女の突拍子もない発想に戸惑いながら、ビクトールはがしがし頭を掻いた。
たかが一冊の本。
それをバレリアが兵法書と言ったなら、それはそれでいいような気もした。
しかし、あれだけ持ち歩いていながら誰にも見せない…いや、見せられない代物らしいというトコロには引っかかるものを感じる。
アレは兵法書、などではないのかもしれない。
『だとしたら、オレに嘘ついたってコトか?』
本がどうのよりも、そのコトの方がやけに気になって。
彼は不愉快な気持ちを抱いたまま、事の真相を確かめるべくバレリアを探しに出たのだった。
NEXT ・ BACK |
|