石造りの廊下にブーツの足音が響く。
「まいったな」
肩で風を切りながら歩いていた彼女の唇からこぼれたのは、焦りを感じさせる声だった。
『どこにいるんだ?ビクトール』
廊下の突き当たりを右に曲がったところで、聞き慣れた声が彼女を呼び止めた。
「探しモノか?バレリア」
「フリック殿」
「ってまあ、聞くまでもないか」
暖かな日差しを受けながら窓のそばにもたれていたフリックは、壁から背を起こして小さく笑った。
「あんたがそんな顔してあっちこっち見回してる時は十中八九、あいつがらみだからな」
そんな顔、と言われたバレリアは思わず自分の顔に手を当てながら、
「そんなにひどい顔をしてるか?」
苦笑をもらした。
「いいや、いつにもまして怖いくらいに綺麗だけどな」
「それは…褒め言葉になってるのか?」
「ああ、もちろん」
で、やっぱり探してるのはあいつか?
確信を込めて問うフリックにバレリアは失笑を隠せず、頷いた。
「ああ。見なかったか?」
「朝メシ食う時、食堂で見たきりだ」
「そうか…」
「で、今度は何やらかしたんだ?あのバカ」
「………いや、それが…」
ほんの数瞬、バレリアは言うかどうか迷って言葉を濁したが、結局のところワケを話すことにした。
一番の理由は時間がなかったせいだ。
「ほんの少し目を離した隙に本がなくなっていたんだ」
「本って、あの皮表紙の?」
少し驚いたように言うフリックにバレリアは感心の目を向けた。
「ああ。よく覚えてるな」
「そりゃ、あれだけ見せられれば自然に覚えるさ。それにけっこう噂の的だしな」
「噂?」
「知らなかったのか?いつも持ち歩いてるってんで、なんか特別な本なんだろうってみんな話してるぜ」
「ああ…どうりで」
ここのところ持っている本について聞かれたり、見せてくれと言ってくる人間が多かったわけだ。
そんな風に納得しているバレリアに、やはりフリックも興味を隠せない様子で、
「で?結局なんの本なんだ?」
わずかに身を乗り出して問う。
「…………」
「やっぱり誰にも言えないくらい大事なものなのか?」
「いや…」
内容については考えるだけで頭が痛くなる代物のそれは、自分にとって大事かと聞かれたら『ノー』。
ただ落とした持ち主にとったら、誰にも見られたくないくらい大切なモノに違いないだろう。
だから結局のところ、本当のコトを言えなくなってしまうのだ。
「まあ……………見ればわかる。とにかく、あんまり人目について良くないモノ、だ」
「そう言われると見たくなるのが人情だぜ?」
言い方に気をつけろよ、とばかりの忠告じみた言葉にバレリアは肩をすくめた。
「そうは言っても…そうとしか言いようがないからな」
「へえ。で、本がなくなってあいつを探してるってことは…」
盗られたのか?
別に不思議がるでもなく、よくあることのようにフリックはそんな言葉を口にする。
「盗られた…というか、多分そうだと思うんだが…」
一緒に部屋にいて、あいつが出ていった後に本もなくなっていたんだ。
「そりゃ、犯人は決まったも同然だな」
きっぱり言いきるフリックに、逆にバレリアの方が戸惑う。
「だが、アレを持っていったとしてその理由がわからない」
あいつは本に興味がないヤツだし。
とくに他に思いつかなかったからビクトールを探していたものの、彼女にはその辺りが納得いかなかった。
そんなバレリアにフリックは呆れたような目を向ける。
「もしかして、あの本のことをあいつ、聞いてきたんじゃないのか?」
「あ?いや、別に。最初に兵法書だと言っておいたから、関心はなかったハズだ」
「あれ…本当に兵法書だったのか?」
「…………違うが…」
違うからこそ誰にも見せられなかったわけで。
そう思い、ようやくバレリアも何か引っかかるモノを感じた。
もし、そのコトを誰かがビクトールに言っていたとしたら…?
「なんか、理由はそのヘンにあると思うぞ。俺は」
ため息をついたフリックの意図するトコロをなんとなく感じ、
「悪いが、一緒にヤツを捜してもらえないか」
嫌な予感を覚えながらバレリアはそう言った。
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