人魚姫T-【3】
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 すべての音を消し去る轟音にテンガアールはきつく目をつぶりました。
 わくわくしていた気持ちは一瞬のうちに消え去り、言いようのない不安が彼女の胸に押し寄せます。
 強く抱きしめてくるお姉さん人魚の存在を確かめるように、テンガアールも腕を伸ばしました。激しい水の動きはまるで大きな手のように二人の体を包み、海の底へと引きずり込みます。
「ね……さん…」
 時折、光る雷光が周囲に散らばる船の残骸を黒々と浮かび上がらせる以外、何がどうなっているのかテンガアールにはわかりませんでした。
 どうすれば良いのかもわからない彼女の耳に、小さな声が短く応えます。
「このまま流れにのって底まで帰ろう」
 お姉さん人魚の声はいつものように落ち着いていて、テンガアールは少しだけホッとしました。大丈夫という囁きが聞こえたような気がします。
 テンガアールはこくんと頷き、水の流れに神経を澄まします。残る問題は、船の残骸や岩に体が叩きつけられてしまうことでした。
 その時、何かが彼女のひじの辺りをかすめました。まるで海草が触れたような、そんなやわらかく頼りない感覚に彼女は視線を巡らせ、息を呑みました。
 差し込む雷光が大きな影の一部を奪ったのです。
「−−−−ッ」
 彼女のすぐそばを落ちてゆくのは苦しげに顔を歪めた人間でした。
「いっ…ーーーッ」
 叫びは声になりません。
 お姉さん人魚が目隠しをするように頭を抱きかかえましたが、目に焼き付いた光景はひどく鮮明で忘れられるものではありませんでした。
「テンガアール!大丈夫だから」
 気遣うような声もテンガアールの耳には届きません。
「あ…」
 テンガアールはよくわかっているつもりでした。
 人間は水の中では息ができなくて死んでしまう生き物なのです。海の底に横たわる冷たい体を何度も見つけたこともあります。
 遠く離れた浜辺でちらちら動いているだけの、わけのわからない生き物。
 でも。
「姉さん…人間が……」
 なんと言葉を続けていいのかテンガアールはわかりませんでした。
 どうして、涙なんてものがこぼれてくるのかもわかりません。
「仕方がないことだ」
 お姉さん人魚の言葉にテンガアールはきゅっと唇を噛みました。
 そう、確かに仕方がないコトにちがいありません。海に落ちた人間が死んでしまうのは当たり前の出来事。
 でも。
『すごく苦しそうだったんだ』
 苦しくて。
 すごくつらそうだったんだ。
 海の底で見つけた人間も同じような顔をしていたような気がします。
 それでも、今のように胸に痛みを感じたのは初めてでした。
 目に映ったのはわけのわからない生き物でもなく。
 物そのもののような死体でもなく。
 確かに、自分たちと同じように生きているモノだったのです。
「ぼくは……」
 深く深く沈み込む海の底。
 嵐の気配が遠ざかるにつれて、水のうねりもゆっくりとほどけてゆきました。
 そして、テンガアールを抱きしめていた腕の力も緩みます。
「怪我はないか?テンガアール」
 静かに尋ねてくるお姉さん人魚の顔を、彼女は見ることができませんでした。
 いつも自分を大切に見守っていてくれる人に、これ以上の心配をかけたくはありません。
 これ以上、無理をさせたくなんてありません。
 でも。
「ごめん。姉さん」
 テンガアールは短く呟き、お姉さん人魚の腕からするりと抜け出しました。
「テンガアール!?」
『今、なら…』
 今ならまだ、助けられる命があるかもしれない。
 そんな想いに突き動かされて、テンガアールは力いっぱいに尾で水を打ちました。
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