| 人魚姫T-【6】 |
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| 東の空が光を受けて、ほの白く染まりはじめる明け方。 嵐の海を離れて、一番近い陸地へとテンガアールがたどり着いた時にはもう朝が間近に迫っていました。 早くしないと人間たちが海辺に現れるかもしれません。 テンガアールは最後の力を込めて波をかき分け、泳ぎました。 人気のない浜を選んで近づき、抱えていた人間を砂の上に押し上げます。 「こ、これで大丈夫だよね…」 すっかり疲れて痺れてしまった腕をさすりながら、大きく息をつきます。 結局、一晩中、重い荷物を抱えて泳ぎ続けたのです。このまま倒れてしまいたいくらい、テンガアールは疲れていました。 それでも、そんなわけにはいきません。 『早く帰らなくちゃ!姉さんに心配かけちゃったし………謝らないと』 それに人間に自分の姿を見られるわけにはいきません。 テンガアールは改めて自分が運んできた相手に目を向けました。 「せっかく助けたんだから、もう簡単に死なないでよね」 夜の闇の中ではわかりませんでしたが、彼女が助けたのは淡い茶色の髪をした青年でした。目を閉じた顔はとてもやさしそうな感じがします。 人魚の仲間にはない不思議な雰囲気に、テンガアールはちょっとだけ見とれます。 『助けてよかった』 ほんの少しホッとしながら、思いました。 人間のなかには悪いヤツもたくさんいると聞いていました。でも、助けた青年はそんなに悪い人間に見えません。もしかしたら、単なる思い違いかもしれないと思うものの、この青年はちゃんと助ける価値のある人間に見えたのです。 そこまで考えて、テンガアールは胸の中に冷たい棘が落ちたような気がしました。 『姉さんは…大丈夫だったかな』 強い姉のコトです、心配なんてしなくて大丈夫…のハズです。 『でも、もし、あの時の人間がすっごい極悪人だったら!?』 あの嵐の中では考えもつかなかった事態に気づいて、テンガアールは青ざめました。 『急いで帰らなくちゃ』 最後に人間の若者がちゃんと生きているのをもう一度確かめて、浜から沖へ向かって再び泳ぎはじめます。 全身を海の中に沈め、すいすいっと水の間を擦り抜けます。疲れてはいましたが、人間を運んでいた時のことを思えばなんでもありません。 『無事ならもう家に帰ってるよね…?』 と、そんなにいかないうちに何かざわめきのようなものが水を伝って、テンガアールまで届きました。 『?……あっ』 もしかして…という思いにそっとそっと水面に目だけ出して、振り返ります。 ついさっきまでいた浜辺に人間が何人かいるのが見えました。どうやら砂浜に倒れている青年を助け起こそうとしているようです。 しかし、テンガアールのいる場所からは少し離れているために、どんな人間たちが助けてくれているのかわかりません。 『ちゃんと親切そうないい人だといいんだけど…』 祈るような気持ちで思います。 でも、なんとなく…大丈夫かなあと気になりました。 ついつい少しだけ後戻りして−−−−−−テンガアールは思わず息を止めました。 『ど、どうしよう』 何事も見た目で判断してはいけないと、教えられてはいました。 でも、青年を軽々と肩にかつぎあげたのはすごく大きくて、筋肉の塊のような体つきをした人間だったのです。しかも髪の毛のない頭には怪しげな入れ墨があるし、どうにも人相の良くない顔をしています。 不安を覚えて他の人間を見ても、似たりよったりではありませんか。 腰のベルトに挟まれている…何か金属のようなモノの冷たい光にテンガアールは身をすくめます。 『人間って…おんなじ人間、殺したりしないよね!?』 顔を強ばらせて見守る彼女に気づかぬまま、人間たちは青年を連れてどことも知れない場所へと去ってしまいました。 それを止める術を彼女は知りません。 「ど、どうしよう…?」 どうしたらいいんだろうと彼女は不安で爆発寸前の胸を押さえて悩みました。 人間のコトは人間にまかせて。 ああ見えたけど、いい人間かもしれないし! なんて気休めはまったくなんの役にも立ちません。 『ああ、もうっ』 青年の無事を確認するにも、人魚の姿では陸に上がることなど不可能でした。 『とにかく、一度家に戻らないと』 すべてはそれからだと考える彼女は、それでもその時、一つの決意を胸の奥で固めていたのでした。 |
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