人魚姫U-【1】
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「姉さんっ」
 元気良く家の中に飛び込んできた少女に、バレリアは少し驚いてまばたきしました。
 今の今まで読んでいた本の世界とのギャップにほんの少し戸惑いながらも、彼女はすぐさま状況を把握します。
 オレンジ色の明るい尾を持ち、好奇心いっぱいに瞳を輝かせた年下の妹人魚。
「テンガアール…?」
 そばにいたヘリオンが不機嫌そうな顔つきなのに気づいて、バレリアはそっと目で謝りました。妹の不作法さをヘリオンが決して快く思っていないコトを彼女は知っていたのです。それでも、彼女は元気で明るい妹を愛していましたから、余計な言葉で拘束するのは好みませんでした。
 なにより、今は妹がなぜそんなに楽しそうにしているのかが気になります。
「あのね、すごいんだよっ♪ 今夜、嵐が来るんだって」
 うきうきと弾む妹の言葉に『なるほど』と彼女は微笑みました。
 それは確かに妹の好奇心をほどよく刺激する出来事にちがいありません。
「ああ、ちょうど今、その話をしていたところだ」
「それでね、人間の乗ってる大きな船の航路にちょうどぶつかるんだって」
 お魚さんがまっさきに教えてくれたんだよ、と話す様子は実に楽しげです。
 嵐に巻き込まれた船がどうなるのか、バレリアも、そして妹人魚とてよく理解していました。が、そこで人間に同情をしないのは彼女たちが人間ではなかったから、かもしれません。
「それなら、また何か落とし物が拾えるかもしないな」
 ずっと前の嵐の後に見つけた本をちらりと見て、バレリアは考えました。
『何か良いモノが拾えるといいけれど』
 そんなバレリアの気持ちを見透かしたように妹は言います。
「きっといろんなのがたっくさんあるよ。ね、だから、拾いに行こ♪」
 しかし、その言葉にはバレリアも怪訝に思って眉をひそめました。
「テンガアール?まさか、嵐のまっただなかに出掛ける気じゃないだろう?」
「えっと…その、」
 妹はとっさに返す言葉が思いつかなかったように、言いよどみました。
「やっぱり、ダメ…?」
 上目遣いで見上げてくるその様子に、バレリアは小さくため息をつきました。
「荒れた海に出るなど危なすぎる。今夜は家で一緒に嵐が過ぎるのを待つことにしよう」
 元気で奔放なところのある妹も彼女の言うコトだけはいつも素直に聞き入れていました。が、今日ばかりはちがったようです。
「でも、昔、姉さん言ったじゃない。ぼくが大きくなったら嵐の海を見に出掛けてもいいって。そう言ったよね?」
 ぼく、行きたいんだ! と言わんばかりの勢いです。
「……………それは」
 それは、昔、駄々をこねる小さな妹をなだめるために言ったコトでした。
 大きくなれば妹も嵐の危険性も理解してくれるだろう、とバレリアが事態を楽観視していたことは否めません。
 そんなことは妹も知っていたでしょうが、しぶとく食い下がりました。
「約束は約束だよっ!ぼく、大きくなったもん」
 「約束」という言葉はバレリアにとって痛い言葉でした。
 約束を破るコトこそがなにより一番最低な行為だと思っていたからです。
 考えるに考えた末、
「私のそばを離れないとおまえが約束できるなら」
 それなら構わない、と。
 結局、バレリアは嵐の中の外出を許可しました。
 すぐ近くで話を聞いていたヘリオンが苦い顔をしているのが見えました。
『馬鹿な子だね』
 とその目が語っています。
「姉さん、大好き♪」
 飛びついてくる妹を受け止め、バレリアは苦笑しました。
 嵐の海ではなにが起こるか本当にわかりません。
 それがわかっていながら許してしまう彼女は、彼女自身でもわかっているとおり妹には甘すぎる性分だったとしか言いようがありませんでした。
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