人魚姫U-【5】
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「なん…っ」
 バレリアは自分の腰にしがみついている指の感覚に鳥肌を立てました。
 嵐の夜空と同じく、闇に閉ざされた海の中。
 心底、信じられないと驚愕する彼女の目の前で闇が盛り上がり…いえ、『何か』が海の中から音を立てて現れたのです!
「−−−ッ!?」
「がはあっ」
 はあはあと荒々しく呼吸を繰り返す音にバレリアは体を強ばらせました。
『こいつ生きて−−−いや、意識があったのか!?』
 いったいいつから!?
 私が……人魚だと気づかれた!?
 ならば見捨てるどころではなく、確実に息の根を止めなければ。
 そんな物騒なコトを考える彼女にかまわず、その人間はぬけぬけと言い放ちます。
「どうせ助けるんなら、最後まで助けてくれたっていいんじゃねえのかよ、おい」
 低い声に相手が人間でも男とよばれる種類に属することにバレリアは気づきました。
 体格からして力もありそうです。なにより、絶対離すものかと腰を締め付けてくる腕の力からして尋常ではありません。
 これはかなりマズイ状況ではないかとバレリアは頭の中で素早く計算しました。
 なにがなんでも優先すべきは妹人魚のことだけです。
 だから…。
「おい、聞こえてんだろ!?返事くらいしたらどうなんだっ」
 刹那、バレリアは迷うコトなく水の中に飛び込んでいました。
 こうなってはこの人間には死んでもらうしかないと、海の底へと深く潜り込みながら、抱きついている相手の体を突き放しにかかります。
 しかし、男もそんなバレリアの意図に気づいたようでした。
 ますます力の入った腕と指がバレリアの肌に食い込みます。しかもいつの間にか片方の腕が首に回されていました。
 どんなにもがいても男は離れません。さすがのバレリアも呆れると同時に底知れぬ不気味さを感じてぞっとしました。
 それでも、相手が人間であるかぎり、体のなかの空気がなくなれば、水中では生きていられないのが道理です。いくら息が長く続くといっても限界はあるハズ。
 そんなコトを思っていたバレリアの視界に何かが横切りました。
「!?」
 と、大きな手が彼女の口と鼻を塞いだのです!
 バレリアは上下左右に体を捻りながら、すごい勢いで泳いでいる最中でした。
 よくもまあ、この状況でそんなコトができたものだ、なんて感心している場合ではありません。これにはバレリアも心臓が凍る思いがしました。
 人魚は空気中だけでなく、水中からでも空気を得ることができますが、それを取り込むべき口と鼻が塞がれていては窒息してしまいます。
『このっ…』
 手に噛みついてやろうとしましたがうまくいきません。
 なにより、息苦しさに胸が苦しく、動きの鈍る体に気づいて彼女は思わず歯ぎしりしました。そして、体を反転。
 最後の力を振り絞って、海面へと飛び出しました。
「こんのっ…殺す気か!?貴様」
 ようやく自由になった口で大きく息を吸い込み、怒鳴ります。
「先に殺そうとしたのはそっちだろーがよッ」
 目を爛々と光らせ、男も負けじと言い返します。
「私を離さないおまえが悪いッ」
「離したら、死ぬだろーがッ!こんなトコから岸まで自力で泳ぐなんざ、人間サマには無理なんだよ」
「無理なら死ね」
 即答に、男も一瞬、絶句です。
 それにも構わず、バレリアは言葉を続けました。
「私は人間が嫌いだし、おまえをここで助けてやる義理もない」
「じゃあ、なんでさっきは助けるようなマネしやがったんだ!?」
「あれは…妹が助けたいと言ったからだ。私の本意ではなかったし、私は、おまえよりも私の妹を助ける方を優先する」
「妹…?」
 怪訝そうな声にバレリアは「この荒れた海のどこかにいる」と短く応えます。
「へえ、あんたみたいなヤツにも情けってのがあるわけか」
「おまえにくれてやる情けはない」
「ほお、そこまで言いきるか」
 その時、男の目が半眼になったコトに、残念ながらバレリアは気づきませんでした。
 どうやって隙を作らせようかと思案する彼女の前で、男は言いました。
「くれねえってんなら、奪い取るだけだぜ」
「……?」
「どうせ同じ死ぬってんなら、あんたも道連れだ」
 絶対、殺す。
 座った声で言って、闇の中、バレリアの目を覗き込んで男は薄く笑います。
「それが嫌なら、俺を岸まで運ぶんだな」
 と。
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