犬の声が聞こえた。
それはまだ小さな子犬の声。
しかも一匹ではなく、どうやら複数いるらしい。
きゃんきゃん吠える細く高い声が実に騒がしく聞こえる。
どこから聞こえてくるんだ?とロイが思っていると、段ボール箱が目の前に差し出された。
「こんなにたくさん、どうするつもりですか?」
『え…?』
十匹近い数の子犬が押し合いへし合いして鳴く段ボール箱を抱え、責めるように眉根を寄せてそう言ったのは、彼にとって優秀な副官であり最愛の恋人でもあるホークアイ中尉、その人だった。
しかし、「どうするのか」と言われても、彼には何がなにやらわからない。呆然と目の前の段ボール箱を見下ろす。
そして、ハタと気がついた。
「あ…」
箱の中にいる子犬たちはどれも白黒の毛色で、どこか見覚えがあった。
いや、見覚えがあるというより、それはまさに中尉が飼っているブラックハヤテ号の子犬姿そのものであった。
一瞬、『増殖したのか?』などと埒のない考えが頭をよぎったが、そんなことがあるはずもない。つまりはブラックハヤテ号の子供なのだと至極常識的な結論にたどり着く。
しかし…。
「責任を取ってくださいね」
「せ、責任!?」
どうしてそんなコトを自分が言われるのかがわからない。
これではまるで、いるはずのない隠し子を連れてこられ、糾弾されているかのようではないか!?
胸の具合が悪くなる状況に、ロイは息苦しさを覚えた。
無論、犬と子を作る気など彼には全然、まったくない話ではあったのだが。
「どうするといっても…」
やたらと自分の鼓動を早く感じるのは、中尉の顔がコワイせいに違いないと思っておくことにする。
「『自由恋愛』を尊重するあなたの気持ちもわかりますが、そのせいでこうなったからには責任をとっていただきます」
「………?」
まだ話が見えない。
この状況…ふつう一般にこの手の話の流れからいけば、自分が『父親』とかそういうコトになるのだが!?
そんなことなど絶対にあり得ない!…ハズ。
「大佐」
「あ、ああ…」
「あなたが散歩のたびにリードを放して、あの子の好きにさせたこと、きちんと反省していらっしゃいます?」
『は?』
まさに目が点になるようなセリフだった。
『あの子』という言葉に反応したように、大きな尻尾を振りながら、成犬姿のブラックハヤテ号が現れる。
そこで彼はやっと…本当にやっとのことで自分のおかれた状況を理解することができた。
『な、んだ…そういうことだったのか…………』
思わず深い深い安堵の息なんてついてしまう。
つまりは、自分が散歩の時にブラックハヤテ号の自由行動を許したせいで、余所で子供を作ってしまったということらしい。
「では、大佐。子犬のこと、よろしくお願いしますね」
『責任を取れ』の意味が、ちゃんとした飼い主を探し出して来いと同義語なのだということも納得できた。
が、問答無用に押しつけられた段ボール箱を抱え、彼は途方に暮れずにはいられない。中尉が認めるような飼い主を見つけだすのは難しいように思えたし、なにより子犬の数が多すぎた。
『あ、悪夢だ…』
そんなに言われるほどブラックハヤテ号に散歩をさせた覚えもなければ、リードを放した記憶もないのだが…。
いったいどうしたものかと立ちつくしていまう。
と、そこに何かが…いや、誰かが近づいてくる気配がした。
「ねえ、その子犬たち、どっかよそにいっちゃうの?」
聞こえたのは意外にも幼く、小さな子供の声。
可愛い子供の声だったが、それが女の子のものか男の子のものかまではわからない。
誰だろうと振り返る前に、声は響いた。
「うちでかっちゃダメ?…ねえ、とうさん」
----そこで、彼は夢から覚めた。
目を開けると、心配そうに自分を見下ろす恋人の顔。
その向こう側には真っ青な空と白い雲が広がっているのが見えた。
「大佐、大丈夫ですか?」
「あ…?」
「うなされていました」
目覚めたばかりのぼんやりした頭では、今、何がどうなっているのかまでわからなかった。
ただ、よくわからないが、たった一つだけわかるコトがあった。
『しまったーッ』
大切な『何か』をまだ見ていない!
慌ててそのままもう一度寝直そうとして…
「大佐っ!こんな場所で居眠りなんてしないでくださいって言ったでしょう」
耳元で響いた大きな声に、彼の意識はハッと現実に戻った。
それでようやく状況がわかりかけたが、そんなことはありがたくもなんともなかった。逆に焦る気持ちの方が倍増する。
「見損ねたんだっ!!」
「見損ねた…?」
「君とわたしの子供だっ!!」
言って、そのままベンチに倒れ込もうとしたところで伸びてきた指先にぎゅーっと彼の頬は引っ張られた。
「なにわけのわからないことを言ってるんですかっ!」
帰りますよ、とすげない言葉を投げかけて、さっさとベンチを立つ。その足下には元気よく小走りについてゆく子犬の姿があった。
そんな彼女の背中とベンチを交互に見て、ロイは軽く頭を振った。
「やれやれ…」
せっかくのイイ夢だったのだが。
仕方がないな、とベンチを立って、遠ざかる背中を追いかける。
天気の良い公園は家族連れが多くて、子供の声がよく響いていた。
だから、あんな夢を見たのだろうか?
それとも…。
『それとも…なんだ?』
自分自身の考えに彼は小さく笑って、先を行く恋人の姿を見つめた。
このまま追いついて、真っ赤な顔をした彼女に告げる言葉は決まっている。
問題は…。
『それを冗談混じりに告げるか、真面目に言ってみるか、だ』
ほんの数メートルの思案。
自然と赤くなりそうな自分の顔をこぶしで乱暴にこすりながら、彼は大きな歩幅で距離を詰めた。
そして、心を決めて告げてみる。
「さっきの夢の続きは、いつか君が教えてくれるとうれしいんだが」
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