逃げるコトは好きではなかった。
 一度背中を向けてしまったら、もう一度振り返ることが難しくなってしまうから。
 それでも今はこれ以上、情けない自分の姿を誰かの目に見られたくはなくて。
 彼女は逃げるようにして自分の領域である占いネットに帰っていた。
 階段を上りながら、すぐ目の前に建つ館を見上げる。
 中に入ったら扉を閉めて。
 『CLOSE』の札はそのままに。
 今の私がいつもの微笑みを取り戻せるまで一人でいよう。
『そう、この想いは自分一人で消化して乗り越えなければならないのだから』
 そうしてノブに手をかけ、開かない扉に眉根を寄せる。
『なぜ?』
 しかし、自問すると同時に答えはすぐそばから返ってきた。
「ちょっと待ってくれないか。アンティ」
「−−−−!?」
 いきなり耳元で響いた声にギクリと体を強ばらせる。
 見開いた目に、扉を押さえる腕が映った。
「コ、コントロル…?」
 どうして?
『ウエスタンネットに置き去りにしてきたはずなのに』
 彼が追いかけてくる気配など感じなかったというのに。
 思ってもいなかった不意打ちに、彼女は動揺した。
 それでも、そんなコトを相手に悟られたくはなくて。
「私、急ぎの用ができたの。続きはまた今度にしてもらえないかしら」
 懸命に平静を取り繕って言う。
 しかし、コントロルは扉に手をついたまま、
「そんなに時間はとらないさ。さっきの答えを言うだけだ」
 あっさりとそう言って、いつもの笑顔を見せた。
「答え…」
「ああ。なんだ?自分で聞いといて忘れたとか言うなよ」
 真面目に考えてるうちに君は先に行ってしまうし。
 急いで来たんだぞ。
 その言葉にアンティはコントロルが加速能力を使って自分を追いかけてきたコトを知る。
 それなら彼が唐突に目の前に現れたことも納得がいった。
 しかし、今更、聞くまでもない答えを知りたいとは思わない。
「あれは…別になんとなく言ってみただけで」
 だから、どうでもいいの…そう続けようとした言葉が強引に遮られる。
「アンティ。君は強いよ」
 はっきりと告げられたのは予想したとおりの言葉。
「仲間として頼もしいと思ってる。弱いなんて思ったことはないな」
 それは彼女が周囲に望む自分への評価に違いなかった。
 己の弱さを隠すコトに努めた彼女にとってはうれしい言葉のハズだった。
 なのに、素直に喜べないのはなぜだろう?
 「ありがとう」と言いながらも、笑えない自分に気づく。
 まるで吹雪の中にいるように体が冷えてゆくのを感じるのはなぜ?
「アンティ…?顔色が悪い。大丈夫か?」
「なんでもないわ」
 ただ、これ以上は何も聞きたくなかった。
 早く、一人になりたかった。
「なんでもなくはないだろう」
「本当に大丈夫」
 だって、あなたも今言ったじゃない。
 私は強いのよ。
 だから心配しないで。
「…そいつは無理な相談だな」
「え?」
 呟きに、怪訝な顔を向けるとコントロルは困ったように小さく笑った。
「いくら君が強いといっても心配はするってことさ」
「必要ないのに?」
「君には必要なくても、だ」
 言われた言葉の意味をアンティは理解できない。
「合理的じゃないわね」
「合理的じゃなくても、だよ」
「よく…わからないわ」
 素直に降参したアンティにコントロルは思わず、というようにため息を返した。
「コントロル?」
「いや…オレも言葉で説明するのは苦手なんだよな」
 そして、彼は「まあ、いいさ」と呟き、話を元に戻した。
「ただ、君が強いか弱いかに関係なく…」
 オレはいつだって君を守りたいと思っている。
 たとえ君がオレを必要としないほど強いとしても、だ。
「コントロル…」
「まあ、そういうコトだから」
 困った時は声をかけてくれ。
 少し照れたように頭に手をやるコントロルを見上げ、収拾のつかなくなった自分のココロにアンティはただただ途方に暮れるのだった。


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