
「遅かったじゃないか、中尉」
教会に入ったところで待ちかまえていた男が、にこにこと満面に笑みを浮かべて言う。
タキシードといい、セットした髪といい、これまたいつもと雰囲気が違うがマスタング大佐その人であった。
それを見た瞬間、ハボックは声もなく呆然と立ちつくした。
『遅かったじゃないか、中尉』
この言葉がすべてを物語っていた。
中尉がここに来るのは大佐の予定どおりであって、つまりは誰が連れてくるのかも想定済みだったのだ。
…ということは、昨日、自分が見たすべてもこうなるための罠。
そう、これまでの巡回ルートと時間を調べれば、この教会の前を通りかかる時間を計算するのも簡単だったに違いない。深く突き詰めれば、昨日の午後にハボックが巡回を務めるように手配した可能性もある。
上官の策略に見事なほど簡単にハメられたハボックは己の情けなさにその場で転げ回りたいような衝動に駆られた。
『ロクでもないことを企んでる』
『関わりにならないように極力、注意して…』
というホークアイ中尉の判断こそ、最良だったのだと思い知る。
そして、
「どういうつもりですか?大佐」
激情を押し殺したような低い声に、ハボックはギクリとした。
ハメられたのは自分ばかりではなかった。大佐がハメようとした最終目標はまさにホークアイ中尉だったに違いなくて。
こんなコトになってすみませんっ!と謝りたいところだったが、中尉の視線は既に目の前の人物だけに注がれていた。
「どういうつもりもなにも、前に話したじゃないか」
「既にお断りしたお話のはずですが…」
「だが、実に魅力的な企画だったのでね」
マスタング大佐の笑顔は鉄壁のごとく崩れない。
ここまでくれば大丈夫と踏んでいるのか、それともこれからの展開を考え、頬が緩みきっているだけなのか。
しかし、ハボックにはまだ状況がわからない。
『このまま、ここで大佐は式を挙げるつもりなのか!?』
すごい展開だとハラハラする彼の前で、大佐が言葉を続けた。
「タダでウェディングプランのモニターができるなんて、お得じゃないか♪」
「大佐…」
「恋人同士ではなくともOKだというんだ。今後のために試すくらいいいだろう?」
「………」
『ナルホド』
ここまで聞けば、ハボックにもなんとなく事情が飲み込めてきた。
大佐も中尉も自分たちの関係を周囲に隠して付き合っている。
一緒に歩いてでもいた二人に挙式会社の人間がスカウトの声をかけたのか、はたまた無料モニターのチラシでも大佐が見つけたのか。
その辺はわからないが、乗り気でない中尉とは逆にやる気満々だった大佐が、密かに実行計画を企んだということらしい。
それにハメられた身としては『他人を巻き込むなっ!』と腹立たしい限りなのだが、悲しい男心もわかるだけになんとも言えない気分になる。
こんなコトでもなければ、大佐が中尉の花嫁姿を拝める日なんていつのことになるやらわからないのだ。
しかし、たとえそうだとしても中尉の眉間のシワが消えることはない。
「どんな噂が立つかわかったものではありません」
「いいじゃないか、単なる噂だ」
「大佐…いいかげんに」
なおも否と言葉を続けようとした中尉のそばにスッと身をかがめ、大佐が耳元で何事か囁いた。
「…………」
何を言ったのかまではハボックにもわからなかったが、その瞬間、中尉の手がぐっと拳を握ったのだけは確かだ。
そして、呆れ混じりのため息。
「わかりました…」
「わかってくれれば、よかった」
脱力したように顔を押さえる中尉に、まったく悪びれもせず大佐が笑いかける。
大佐が中尉になんと言ったのかは知らないが、この男は一度ぐらい痛い目にあった方がいいんじゃないかとハボックは心の底から思った。
「じゃあ、着替えとメイクを頼もう」
そんな大佐の言葉を合図に、本堂から続く扉の向こうで待っていたらしい女性たちが姿を見せた。
「こんにちわ、ホークアイ中尉。今日はよろしくお願いしますね」
どうやら女性スタッフ達らしい。ふと目についたそのうちの一人が昨日、ウェディングドレスを着ていた女性と知る。
『あ、やっぱ、大佐が憎い…』
なにか仕返しできないだろうか。
そういう思いはやはり中尉にもあったようで、
「どうせモニターするなら、違った雰囲気でパターンを試してみてはいけないかしら?」
「え…?」
「どうせなら、この人も」
ぐいって腕を引っ張られ、それまで蚊帳の外にいたハボックは目を剥いた。
「この人に合う礼服を用意してもらえない?」
不意打ちすぎる発言に、言葉もでない。
しかし、それはなにもハボックだけに限ったことではなかった。
ただそれ以外の人間は、意外すぎる提案にもすぐさま「面白そう」だと賛同を示した。
「せっかくですし♪」
「いっそドレスも着替えてまったく違う雰囲気はどうです?」
呆然とする男性陣など気にも止めず、わいわい楽しげに話しながら控え室へと向かう中尉たち。
その姿が見えなくなった頃、ただ、ぽつりと呟きが落ちた。
「帰っていいぞ。ハボック」
「…いやっす」
この後の騒動はひとまずおいておくとして。
『戦う軍人』の名に相応しいホークアイ中尉のウェディングドレス姿は、見る者たちの感嘆の的になったという。
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